自分が何者であるかを 説明できる強さ
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先日一月一二日)ドキュメント映画「60万回のトライ」を見てきた。やはり京都青朝会が「実現しよう 六〇万同胞の願い」と書かれた横断幕を開いた瞬間、我慢していた涙があふれ出た。三度目の今回は大丈夫だろうと思っていたのに。
涙のわけは二つある。一つはウリハッキョの生徒児童を中心にした在日朝鮮人のネットワークの広がりだ。フェイスブックで京都朝鮮中高級学校に通う息子が電車で熟睡、大阪まで乗り越してしまったと言うオモニの投稿を見たことがある。すると東大阪朝鮮中級学校に息子を送るオモニが、「そんなときは家においで、東中は一人くらい生徒増えてもわからへん、アジメ(おばさん)がお弁当作ったげる」とコメントを寄せていた。年初の六~七日、長野青朝会の「メアリプロジェクト」の一環で大阪を訪ね職業体験をした長野朝鮮初中級学校の女子生徒たち。彼女たちを大阪で世話したのは大阪青商会だという。修学旅行に来たウリハッキョ生徒たちの宿所に差し入れを届ける同胞、夕食を焼き肉店でごちそうする同胞。「横断幕」は各地でのそんな話を思い出させた。
それだけではない。年初の全国大会での彼らの後輩の活躍。尾道高校との準々決勝で引き分け、抽選で準決勝進出を逃した後、相手校に「がんばれよ」と声をかけた大阪朝高生たち、「ベスト4じゃないベスト5や」「大阪朝高の分までがんばる」と言って準決勝に挑んだ尾道高生たち。そんな話も頭を巡った。
朴思柔、朴敦史監督によると、両校ラグビー部の交流は以前から盛んで、尾道でこの映画を上映した時にも尾道高ラグビー部員たちが来て最前列を陣取ったらしい。上映後感想を聞く監督たちにも「こんな問題(無償化問題)を抱えているなんて知らなかった」「そんな状況でもこんなに強いなんてすごい」と積極的に答えてくれたという。しかしそれにしても両校生徒たちの対戦後の態度には感動させられる。映画「パッチギ」で、けんかばかりしていた朝高生はいつからこんなにスマートになったのだろう。
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在日朝鮮人は、日本に生まれた瞬間から「負」の財産を背負わされる。本名を名乗れば「変わった名前だね」「日本語うまいね」などと言われ、その度に在日であることを説明しなくてはならない。すると歴史の問題にぶち当たる。「北朝鮮」とも関連づけられる。マスコミは「清算済みの過去の問題ばかりを持ち出す韓国、中国」「昔の従軍慰安婦問題なんかで意地張って、経済は大丈夫なの?」「侵略なんかしていない、おかげで近代化が進んだじゃないか。元々中国の属国だったくせに」と言い、「北朝鮮は核兵器を持った危ない国だ」「世襲が続くわけのわからない国だ」と警戒する。挙げ句の果てには政府が「高校無償化」制度から唯一朝鮮学校だけを外し、最近はそれまで出ていた自治体の助成金の打ち切りも相次いでいる。他の先進国は制度で人種差別の是正を試みるらしいが、日本は制度を持って在日朝鮮人への差別をあおっているのだ。国連人権委などが朝鮮学校の待遇改善を求めて日本政府に出したいくつもの勧告など、どこ吹く風だ。
「そんな状況でもこんなに強いなんてすごい」という尾道高校の生徒の驚きは当然かもしれない。「60万回のトライ」に出てくる朝高生たちは、明るい。女子の笑顔は屈託ないし、負傷した主将ガンテに代わって大役を果たしたムードメーカー・サンヒョンには何度笑わせられたかわからない。彼らの日常は青春そのものだ。
在日朝鮮人ばかりの日常で「負」の財産を忘れているからなのか。そんなはずはない。無償化から排除された上助成金も打ち切られ、今、朝鮮学校の運営はこの上なく厳しい。父母の財政負担は重くなり、学費が払えなくて朝鮮学校をやめざるを得ない児童生徒も出ている。これまでも決して十分ではなかった教職員の給与さえ滞りがちな学校が多い。生活のために泣く泣く学校を去る先生もいる。
一般の日本の人たちに署名運動は政治的で高校生には似つかわしくないかもしれない。誰かがやらせているんじゃないかといぶかる観客も多いようだ。しかし五年前に無償化制度から排除されて以降、それは厳しい現実を目の当たりにしていても立ってもいられない彼らの日常になってしまっているのだ。罵声を浴びせる通行人もいる、説明をひとしきり聞いて「死ね」と書いていく心ない大人もいる。接近した状態で署名を書いてもらう間、生徒たちは怖くてドキドキすることもあるという。それでも彼らは連れだって街頭に立って署名を求める。
彼らの強さはいったい何なのだろう。それはきっと自分を説明できる強さではないだろうか。学校で自分たちの歴史を学び、言葉を学び、在日朝鮮人であることを説明できる強さ、マスコミの歴史報道や北朝鮮バッシングにもその都度、一緒に考え対応できるコミュニティがある強さ。背負わされた「負」をそうして解消することで、日本社会に気後れすることもなく、「朝鮮人だ」と虚勢を張ることもなく、「対等な関係」を築けるのではないだろうか。
上映会場では監督が登場人物のその後についても言及した。京産大に進んだ梁正秋は主将を務め、監督や現役選手、OBからも絶大な信頼を得ているという。関大に進んだ主将・ガンテは二〇一九年のワールドカップ出場を目指し、サンホは成績も優秀で、商社に就職が決まった。全国大会で脳しんとうのため途中離脱を余儀なくされたエース・ユインは、大学でも故障に悩まされたが、先の帝京大の大学選手権六連覇に貢献した。そして人気者のサンヒョンは焼き肉店の店長をしながら、ナナちゃんをおとすべく六〇万回のトライ中らしい。
雇用も不安定、情勢も不安定、不安定だらけの今、自分が何者かを理解し、説明できるしっかりとした強さがいつにもまして必要なのかもしれない。
(「記録する会」 キム・スッチャ) 29
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