10年目迎えたセッピョル学園は誇り。同胞のつながり広めたい
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学校の壁超え交流、学園支える高級部生
李ところがやってみると児童生徒たちが非常に喜んでくれました。
一回目は、今のように様々なイベントが組まれていたわけではありませんでした。初日に開園式をして、二日目は午前中に四時間授業して、午後は低学年、高学年、中級部に分かれて理科実験なんかをして、夜は焼き肉を食べながら公演をしたのですが、これも初めはハッキョ別でした。事前に各ハッキョで準備してきた演目を披露していました。最後花火をして終わって、三日目も午前中は低学年、高学年、中級部でそれぞれ過ごして午後に閉園式でした。スタートはそうだったのですが、会を重ねるうちにどんどん進化して、文化公演は集まった後に学年別に準備するようになって、焼き肉を食べながらではなく、食事の後に単独イベントとして行われるようになりました。そうすると高級部の生徒が演劇をするということになり、毎年かなり一生懸命準備しているようです。
金初めてセッピョル学園を開いてどうでしたか?
李一回目は何もかも初めてで、青商会にも、オモニたちにも、おそらく先生たちにも余裕がなかったと思います。ただ子どもたちは何しろ楽しそうでした。私も教育会にいながらいつも子どもたちを見ていますが、彼らの心から楽しそうな笑顔にそうそう出会えるものではありません。一年生の担任の先生が、それまで一人で過ごした二か月間には、見せたことのない表情をセッピョル学園の期間に見せてくれたと話していました。セッピョル学園の期間にぐっと成長する児童生徒もいます。
茨城では民族教育研究会を月に一度開いて、今後のセッピョル学園の在り方についても話し合っています。集まって楽しかったというだけでは子どもたちももう物足りないと思います。会ったときに課題を決めて、一年後までインターネットでやり取りしながら積み重ねて一年後にその成果を発表するという企画があってもいいのではないかという話も出ています。二十数年前に少年団連合式を始めた頃は一度会って話すことも大変でしたが、今は様々な通信手段があるので、それを利用していこうと話し合っています。
金当初は高級部生が舞台に立つことはなかったんですね。
李当初、高級部は通常通り授業をして焼き肉の準備を手伝う程度でした。ところが今は、裏方としての彼らの支えなしにセッピョル学園の開催は考えられません。高級部生たちの役割が大きくなったのは、五回目以降だったと思います。開園式の後にしていた演劇を二日目夜の文化公演でやるようになってから練習が回を重ねるごとに本格化しました。三日目のきょう午前中は、文化祭のように写真館コーナーや理科実験、お化け屋敷などを児童生徒が体験することになっていますが、この下準備も高級部生がしました。そうして当日は、卒業生の中三生徒たちがお化け役などをして運営します。運動会も焼き肉も裏方を担当する高級部生がいなければ成り立たないと思います。裏方もしながら演劇もして、何しろ児童生徒たちを楽しませるために全力投球しています。生徒数が減少する中で負担は増えているのですが、自分で仕事を探してテキパキ動いています。昨日の青商会の食事会でもその話が出ました。文化公演の合唱で、誰が指図したわけでもないのに、駆け寄って舞台の台を動かしていた姿に感心したと。高級部生徒への評価が非常に高まっています。
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