共和国に 新たに オープンした 自然博物館を 訪ねて
スポンサードリンク
文と写真:韓昌道
朝鮮大学校 体育学部 助教
―はじめに
本稿は、私が「科学技術(在日本朝鮮人科学技術協会から刊行されている雑誌)」に投稿したものを元に、本著書に合わせて投稿したものです。
そのため、内容はそのほとんどが重複するのですが、編集者様からのご依頼を受けて投稿することになりました。
確かに、「科学技術」は科学技術協会の会員に配られる雑誌で専門的な内容も多く、少し一般的な雑誌として同胞社会で読まれることは少ないと思われますが、本著書は幅広い方々が読まれているという点で、専門的な内容ではなく朝鮮に新たにオープンした自然博物館の紀行文という内容には、より適した投稿場所かもしれません。
昨年(二〇一六年)、私は二回訪朝を行い、幸運にも一回目の訪問の際に自然博物館がオープンしたため、当初の見学予定にはありませんでしたが、これを熱望して参観が叶い、また二回目の訪問の際にも訪れることができました。
当時は、博物館にパンフレットなどはまだなく(現在、作成されているのかはわかりません)、基本的に写真撮影は有料なため、資料不足から具体的な内容をご紹介できませんが、できる範囲内で得た情報(二〇一六年までの情報)を基に、「私の感想を基本」にしながらお話を展開していきたいと思います。
既に現地で博物館見学を終えた方もいらっしゃると思いますが、大学院時代に博物館で業務を行う学芸員資格を得るための授業や実習を行い、単位を取得した経験から日本の博物館と朝鮮(以下、共和国)の博物館の差異やその独創性なども勝手ながら分析していますので、興味のある部分を読んでいただければ幸いです。
―「共和国に自然博物館はありますか?」
大学院の頃(二〇〇七~二〇一一年)に共和国を訪れた際、このような質問を案内人にいたしました。
昆虫の研究をする上で、「標本を見る」という作業は採集と同じくらい大切な作業です。
そのため、共和国にこんなにも多くの革命・軍事・歴史・文化・芸術をテーマにした博物館が多い中、一つくらい自然博物館はあるだろうなと考えていましたが…
やはり無し!!
(なんて明確な国造りや!)と感心していましたが(笑)、案内人に、「中央博物館としての役割を担うのは金日成総合大学にある自然博物館です」と言われ、一度訪問いたしました。
その博物館は、約五〇〇〇種・一万点の動植物、鉱物、そして古生物標本を所蔵しており、沢山のはく製や化石標本が展示されていたことを少しではありますが記憶しています(特に大きなサメの標本が印象的で、「メガマウス?」、「ウバザメ?」と思い興奮していました。また、昆虫標本もあったのですが、「おや? 珍しい!」と思いよく見てみると…別種の…頭・胸部と…胴体が…くっついてる??…これ以上はやめておきましょう(笑))。
しかし、やはり大学の付属博物館であり、東京の上野にある国立科学博物館などと比較するとその差は歴然でした。
各学校などに贈られ、教育のために展示されている動植物標本はあるけれど、それらを集め系統的に展示し案内するような施設はまだ無いというのが当時の答えでした。
非常に寂しい気持ちになったのを今でも憶えています。
(共和国がもし自然博物館を作ったら、すごい規模で作るだろうな~…)
あの頃は現実になるとは全く思ってもいなかったので、いつか自分がそんな部分にも関わりながら作っていけたらいいなと、漠然な計画として感じながら考えていました。
―「え? 博物館ができる??」
二〇一五年も暮れの話です。
唐突に共和国に自然博物館が建設されるとの話を聞きました。
しかも翌年五月に開かれる第七次党大会の開催日までに建設工事を終えるという驚異的なお話でした。
そのため、建物が完成しても中身が無ければ意味がないということで、展示する上で必要な動植物標本リストが送られてきたとのこと。
私はあまりにもの展開の速さにびっくりしました!
(え? もう博物館完成に関われる?? 嬉しいけど唐突すぎ!!)
「万里馬速度」で躍進する共和国です。
やると決めると必ずやり遂げる共和国なので、私はそのリストの中から昆虫部分を担当し、基礎的な資料作りを冬休みの間に行ったのでした。
渡されたリストには、八四種に及ぶ「昆虫の学名一覧と要求する頭数」だけが書かれており、私はそれらがどんな昆虫の種類かを一つ一つ調べながら、生息場所、入手手段、価格なども記録していきました。
調べながら、世界のあらゆる昆虫を展示するという目的であることが分かりましたが、これらを揃えるには多くの資金が必要です(個人的には共和国の昆虫を中心に展示して欲しかったのですが…)。
そのような意見も含めながら整理した一次資料を作りはいたしましたが、結果的に日本からこれらを揃えたとしても、制裁により共和国へ送ることが難しいということになり、私の努力も水の泡とまではいかなくとも、形になることはありませんでした。
しかし、「来年には自然博物館がオープンする」という事実が私を興奮させてくれたことに変わりありません。
私は愛媛大学院時代に学芸員資格を取るためのプログラムに参加し、博物館実習を含む学芸員資格取得に必要な単位を全て取得して、朝鮮大学校の自然史博物館の手入れや案内などもしていましたので、新たにオープンする博物館との交流を行い、これから自身の研究をもっと活発的に進めるためにも共和国における自然博物館の誕生は心から嬉しい、まさに吉報でした。
―いざ、自然博物館へ!
□自然博物館の概要
自然博物館にはまだ解説を含むパンフレットなどはありません。
しかし、当時の「労働新聞」(二〇一六年七月二五日)や毎月刊行されている雑誌「祖国」の二〇一六年九月号(4~11頁)及び一一月号(16~31頁)、そして「朝鮮新報」(一六年一〇月一九日 7面)に新たに紹介文が掲載されています。
「労働新聞」では主には金正恩国務委員会委員長による配慮や現地指導の具体的な様子などが掲載されていますが、朝鮮新報には各階の展示内容などが紹介されています。
また雑誌「祖国」の一一月号にはかなり詳細な博物館に関する記事が掲載されていますので、そちらを是非参考にしていただければと思います!
これらの資料を基に、博物館に関する客観的な情報だけを整理しますと以下の通りです(表1・自然博物館の概要)。
これらが資料で紹介されている主な内容です。それらに加えて、私が説明係の方から聞いたお話をメモしたものを順不同で以下にご紹介いたします(表2・係員の説明から把握できた内容)。
一回目の訪問では、学生引率だったため、その統率に必死でほとんど説明を聞けず、二回目に訪れた際にも、あまりにもの広さから係の人も少しずつ説明するのに精一杯で、具体的なお話を聞く時間がほぼありませんでした。
それくらい広く、訪れる観客も多いのです。また上記した内容に追加として気になった点は、入場口が中央動物園と同じだと思っていたのですが、別でした。
そのため、参観時には動物園と一緒に観覧するのが一般的なのですが、動物園観覧後は一度戻り博物館へと向かう形式になります。
組織として別なのかもしれません。
私は案内人に懇願して、是非入場チケットをもらえるように説得いたしましたが、案内人が後からもらってきてくださいました。
私は個人的に博物館・美術館などを訪れるのが趣味で入場チケットなどを集めていますので、良いお土産になりました。それでは以下に博物館の感想を「私目線」で展開していきたいと思います。
自然博物館を見学して
いざ、博物館へ!
動物園観覧の後の博物館は少し疲れるのですが、中に入ってみると大きな恐竜化石のモニュメントのお出迎えです! 子どもたちや一般の方が見ても驚くような演出になっていました。
近年、共和国で建設される博物館や新たにリニューアル・オープンした様々な施設を見学する度に感じるのですが、本当に細部までこだわっていて、演出が凄いなと感心させられます。
案内人に言うと、金正恩国務委員会委員長の指導のおかげだそうです。それほどに指示が細かく人民に対する配慮が徹底されているとのことでした(恐竜の展示で、牙に肉片が引っかかっているものがありましたが、それも国務委員長が生々しさを強調するためにご指導されたようです!)。
革命や軍事に限らず自然博物館に至る全ての分野において、指導者の思想が反映されているのが共和国の建設物・施設の最大の特徴だと言えます。
この博物館も例外ではなく、その結晶と言っても過言ではないと思いました。
一階の宇宙の起源から始まり、古生物総合ホールでは、生物進化の歴史をホールごとに案内した展示レベルは素晴らしいものでした。
特に共和国の素晴らしい点、独創的な点は、レプリカの創作技術とそのレベル、展示の仕方にあると思います。
博物館は主に、「人」、「モノ」、「カネ」の要素で成り立っていますが、特に収蔵物の質と量は、その博物館の価値を規定するといっても過言ではありません。
一次資料となる「実物のモノ(自然物・人工物)」をどれだけ収集・保管・管理しているのかが、博物館施設の社会的存在意義を決める貴重な尺度となりますが、それらを公開し、その価値を一般に還元する教育活動もまた近年では大変重要視されています(近年では、「モノ」の収集、分析などの研究を主な仕事としていた学芸員が、教育普及などの比重が増して研究ができず、一般のニーズに答える形の仕事が増えていて、学系員ならぬ「雑芸員」と言われたりしています)。
その観点から新設された自然博物館を見ていると、正直に「実物のモノ」の内容と収蔵量自体はあまり多いと言えないかもしれません(「国立」として捉えた場合)。
一般的に、博物館では展示されているものよりも収蔵されているものがはるかに多く、それらは太陽光や気温などによる標本劣化を避けるために、常設展示として常に公開されず、耐震管理と空調が整った暗室で大切に保管されています(私の実家の近くには大阪自然史博物館〈長居公園内〉がありますが、数回、昆虫標本見学で保管室にお邪魔したことがあります。厳重なエレベーターで地下に行き、厚い扉を開けて保管室に入りますが、初めて行った時には驚きました)。
共和国の自然博物館にこのようなレベルの保管室がどれだけあるのかが疑問でした。
展示されている標本(はく製なども含む)は状態の良いものからカビの生えてしまっているものまで様々であり、特に昆虫標本はカビと劣化が酷いものもありました。
また昆虫標本は実物のほぼ全てにラベルがなく、大変残念でした。
また、上記した通り、国内の昆虫標本を扱っていなかったのも惜しい点です。
そのため研究などを重点にした博物館施設としては課題点も多いと考えられたのですが、しかし、実物資料の不足を補うほどのレプリカの量には圧倒されました。
この博物館の建設目的が、「青少年や勤労者に対する自然をテーマにした教育普及活動」であるならば、実物を展示できなくても、レプリカでそれを補うというのは最善策と考えられます。
しかし、博物館で使用するレプリカは一般市販されているものとは異なり、数十万円~数百万円など大変高価なものが多いと以前関係者から聞いたことがあります。
そのため、日本ではむしろ実物で入手困難なもののレプリカによる代理展示は不足な点があると思います。
この点に関しては、共和国の博物館が卓越しているように感じられました。
その展示物の量もそうですが、技術も素晴らしいものがあります(コモドオオトカゲなど一部原寸大を無視したものもありましたが(笑))。
また何よりも私が感心した点は展示のレベルです。
演出が素晴らしいのです。
全ての展示に、「どうすれば訪れた人々が楽しく学べるのか」が徹底されていました。
日本の博物館ではちょっと考えられませんが、動く恐竜のアトラクション(正式には「恐竜公園」)があったり、凄いリアルな人形を用いて化石採掘をしている現場の演出があったり、足場が映像になっていって、いきなりサメが襲ってくるなど、「博物館+テーマパーク」の一体型といった感じです。
しかし、それがほとんど自然科学の専門職に携わっていない一般の人たちが学ぶ上で、絶大な効力を発揮していることは間違いありませんでした。
日本で博物館と聞くと、「暗い」、「固い」、「古臭い」、「年配層がよく行く」などのイメージがまだまだ根強いのですが、その点を見事に共和国の博物館は独自の方針によりクリアしていました。
日本にはこのような「一体型の施設」は無いと思います。
また休憩所も設けられており、簡易売店でお茶やコーヒーなども飲めます(国内通貨のみの利用)。
ラウンジが展示コーナーよりほど遠く、別に設けられているのではなく、展示の流れにそって設けられているのも特徴です。
最近ではエプソン品川アクアパークや京都水族館にもそのような配慮が見られますが、共和国も最先端を行っていると言えます。
それに加え、専門の説明係員(二回目の訪問で説明してくれた方は、金日成綜合大学 生物学部〈現・生命科学部〉出身生でした。靴下製造工場で働いていたが、博物館新設にあたり招集を受けたそうです)による案内と説明、ホールを監視、管理、清掃するスタッフなど、人員の量は日本の施設とは比べ物にならないくらい充実しているなと感じました。
日本では博物館が「箱物扱い」され、特に正規雇用者は削減される一方です。
学芸員の有資格者は年に一万人程度生まれているようですが、学芸員に採用される人はほとんどいません。
一つの博物館につき倍率数十倍? という恐ろしいほど狭き門なのです(そのため、学芸員内定が決まると本当に祝福されます)。
任期付きの募集はありますが、正規の雇用はほぼ空きがなく、そのため慢性的なスタッフ不足に陥っているのが現状です。上野の博物館でもボランティアを募って行っています(やはり年配層がほとんど)。
しかし、その点では社会主義である共和国は心配無用です。
これからは、専門スタッフも更に充実し、さらなる完成を目指すことでしょう(現に、二回目の訪問では、生物の分類を扱ったホールのさらなる充実を図るために、改修工事が行われていて入れませんでした)。
少し展示の感想から博物館に関する専門的な話に逸れてしまいました(笑)。
一階のホールですが、新生代、人類まで含めて、どの内容も貧弱になることなく、満遍なく展示が行われているのが嬉しい点でした。
特に新生代の生き物や人類の展示などはあまり博物館でも馴染みがないように思います。
しかし、国内の遺跡などの紹介と共に上手く展示されていました。
二階~三階の生態展示では、動物館の海洋生態の部分が特に印象に残っていますが(等身大クジラの体の内部に入る展示など)、素晴らしかったのは植物館です。
植物に関する展示がこれほど充実しているのは日本でもあまり知りません。
やはり動物に比べて展示としてインパクトに欠ける部分があると思います。
しかし、植物の分類、進化、生態、そして、人との関わりなどのコーナーが充実していて、特に動物もそうですが内部の仕組みをレプリカで上手く再現している点は素晴らしいと思います(動物は、本物のはく製を用いて内部の内臓をレプリカで再現するという斬新なデザイン!(笑))。
動植物ともに最後は人との関わりを展示で強調していた点も良かったと思います。
本当に、生物全般に関して幅広く知ることができる施設であることは明確です!
細かく見ていくと、丸一日を有するほどの規模だと思いました。
また何度でも行きたくなるような、「楽しく学べる」施設です(あとは記念品があれば最高です!!)。
是非、皆さまも共和国へ行った際には見学していただければと思います。
―おわりに
この度、共和国に新設された自然博物館の紹介を書かせていただきましたが、具体的な紹介はできず、日本の博物館施設と対比した場合の共和国の博物館の独創性に焦点を当てて感想を述べてみました。
無いものを諦めず、国内で培った素晴らしい技術で補うとい精神は、まさに共和国の財産であり、全て国産で作られたという部分に大変大きな意義があると思います。
このような施設ができたことは私の研究活動にとっても大変嬉しいことであり、やはりどうにか貢献したいという気持ちになります。
例えば、
- 共和国で採集した昆虫標本の寄贈及び展示
- 朝鮮大学校 自然史博物館との交流
- 朝鮮大学校の学生と地元の学生による博物館を利用した現地実習
など、いろいろと案が浮かび上がりますが、可能な範囲で実現していけたら良いなと思います。
これからも万里馬速度で飛躍していく共和国に大注目ですが、ただ指を銜えて傍観するだけではなくて、積極的に交流を行いながら、在日同胞にとっても自慢であり憩いの場になるような自然博物館として発展できるよう尽力できればと思います。
この度はお付き合い誠にありがとうございました!!
また、日本で唯一祖国の自然を味わえる朝鮮大学校の自然史博物館にも足を運んでいただければと思います。46
スポンサードリンク