教育援助費と奨学金が送られてきた日(再現1957.4.19)
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手紙身に染みた祖国の恩恵 団結して配慮に応えよう 朴宗賢・在米同胞
「朝鮮民報」ハワイ支局支局長の朴宗賢さんは、いつも在米同胞の権利擁護と、在米同胞と祖国の人民そして在日同胞との連携を深め、彼らを祖国の平和的統一のための闘争へと組織動員するために闘ってきた愛国者だ。彼は祖国から在日同胞に莫大な教育費と奨学金を送ってきたことに深く感動し次のような手紙を本社に送って来た。
◇ ◇
祖国から在日同胞の子どもたちの教育費と奨学金が日本円で一億二千円余り送られてきたことは、初めて接するうれしいニュースで、偉大な祖国に対する限りない感謝と感激を禁じ得ない。「ハワイ」朝鮮人総連合会メンバーたちは、集まって喜びを分かち合いながら、私たちの明るい展望について話し合った。
共和国から在日同胞の子どもたちのために教育費と奨学金を送ってきたことは、海外同胞に対する共和国政府の一貫した配慮の表れであり、同時に共和国政府の力量と発展を全世界に誇示するものであり、示威するものだ。またこれは教育費と奨学金の送金を妨害する、米帝や李承晩に一大打撃を加えるものだ。共和国からの教育費、奨学金の送金は、国交正常化をはじめとする朝日間のあらゆる問題を解決する端緒となり、海外にいる私たちに限りない勇気と確信を与えている。共和国政府が在日同胞の子どもたちの教育のために教育費と奨学金を送ったことは、在日教育事業に従事する活動家の先生や教職員および学父兄たちの教育活動の精神的、金銭的源泉となり、在日十万人青少年たちを民主民族教育事業に引き入れる生命水になると信じる。今日を機に、在日同胞たちの民族教育事業は飛躍的に発展し、在日青少年たちを誇らしい共和国の新しい世代として教育教養する事業で、輝かしい成果があることを私は確信している・
アメリカの地、ハワイにいる私たち朝鮮の同胞たちも在日同胞たちと歩調を合わせて、偉大な祖国のこのような温かい配慮に応えるために朝鮮人という矜持をもって、自分たちの権利を守り、さらに多くの同胞たちを祖国の周りに結集させ、自分たちの団結を一層強化して、祖国から学び、祖国の平和的統一のための戦いを前進させていくだろう。(「朝鮮民報」1957・5・23)
「土曜随想」有史以来のこと・力の源泉、生命水 韓徳銖・総連中央議長
数日前、皆が仕事を終えて帰ろうとしていたところに、ある銀行から一通の通知が届いた。祖国赤十字会から在日本朝鮮人の子どもたちへ教育費と奨学金が送金されたという通知だった。
通知を見た瞬間の感動をどう表現すればいいのか、室内は興奮と感激で沸いた。
私も感激とときめきで我を忘れ、興奮のあまりどの道をどう帰ったのか、ようやく家にたどり着いた。
その夜はいろいろな思いで一睡もできず、翌朝早く事務所に出た。その時も前日同様、まだ興奮は冷めていなかった。
私が感激して興奮したのは金額が大きかったからだけではなかった。それは、帝国主義者たちや李承晩政権との凶悪無双の戦争で祖国の領土やすべての人々の家財が灰と化し、人民経済復旧戦線をスタートさせてわずか三年しかたっていない現在、わが祖国は社会主義および人民民主主義の国々から援助を受けており、人民たちの物質生活もまだ事足りていない状況で、住宅などすべての施設が完備されているわけでもないからだ。一方日本にいる私たち同胞は祖国解放戦争の時期に直積暴力を受けたわけでもなく、家財道具や工場企業所が破壊されたわけでもなく、負傷したわけでもなかった。もちろん抑圧され生活は苦しいものの、自分の家で家族全員が集まって団欒を楽しむこともできたし、家で枕をして寝られたし、豊かではないにしろ着て食べることもできた。
そんな私たちが祖国の政府や同胞たちから、自分の子どもたちに莫大な教育費と奨学金を受け取るとは、自分の国の恩恵や同胞愛の気高さを改めて実感したのは私だけだろうか。
日本でこうしている同胞たちの中には、いわゆる李朝末期、韓国時代に渡って来た同胞もいれば、朝鮮が日帝の植民地に転落したことによって植民地民族の強制徴兵、徴用で、そして日雇い労働者として連行されてきた同胞もいる。そんな同胞の多くは自分の人生で、自分の国家と政府から直積的に何らかの物質的、精神的援助や恩恵を受けたことは一度もなかった。
歴史的に考察してみても、今回共和国政府や祖国の同胞たちが在日同胞の子どもたちのために教育費と奨学金を送ってくれたことは「有史以来のこと」と言えないだろうか。
だからこのことに感激しないでいられるはずがない! 朝鮮民族として興奮しない人がいるだろうか!
この事実が祖国の放送、通信報道によって全世界に公布され、同胞たちの中に広まると、私たちの総連事務所の電話は、日本各地、各団体からの問い合わせが殺到してリリリン、リリリン…。私たちのときめきを象徴するかのように! 電話に火が付いたようだった。かかってくる電話はどれも感激し、興奮した口調だった。電話を受けるたびに落ち着きを取り戻そうとしていた心がまた高ぶった。
日本全国に散在する同胞たちの感情も私たちと同様だったはずだ。
いま私たちの学園では先生や生徒たちが、各級機関事務室ではやはり組織の活動家たちが集まって、喜びと希望を話し、新たな決意をしている。
伝える同胞、聞く同胞、誰もが感激そして興奮した表情! このような感激と興奮、喜びのために私たちは、8・15解放から今日この瞬間まであらゆる困難や苦労を乗り越え、解放された民族として、共和国の公民となった栄誉で、自分たちの民主主義的民族教育を守り発展させてきた。
今日、共和国政府が送ってくれた在日同胞の子どもたちに対する教育費と奨学金は、まさに春を迎えて芽を吹く草木に降る春の雨のように、私たちの教育活動に力の源泉となり、生命水となるだろう。私たちはこれを感激と興奮で終わらせることなく、共和国公民としての矜持をさらに高めて、さらに大きな希望を胸に燃やしながら、共和国政府の教育政策にしっかりと依拠した自分たちの教育事業をさらに発展させることで、有史以来の聖事を永く、美しく花咲かせていこう(「朝鮮民報」1957・4・27)42
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