民族差別に憤り朝大へ進学 卒業生に、教育者の矜持感じる
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卒業後も成長続ける学生たち
金淑子卒業生たちが、理学部では基礎を徹底的に身に着けたと言っています。理学部の方針なのですか?
金建秀自然科学は一つ一つ積み重ねていく学問です。自然が、生物や化学に分かれているわけではないので、数学的な思考、科学の観点で世界を見るためには、まず基本的な知識をしっかり身に付けることが大切です。化学をするにも数学、物理をしっかりと学ばないとだめなんですね。家を建てるときも土台がしっかりとしていないとダメなように。二年間は一部専攻科目も学びますが、専攻を問わず皆が同じ過程で授業を受けて、基礎を築きます。
金淑子理学部の卒業生が教育分野で活躍していますね。
金建秀教育者に求められるのは、明確な教育観と教育者としての資質、さらに常に向上しようと努力を惜しまない自己修養能力です。専門分野で積んだことも大切だけれど、大学生活を通じて世界観、人生観の基礎を築いたことがより大切かもしれません。私はそういう面に力を入れてきました。
金淑子理学部は堅実なイメージが
金建秀一つ一つの積み重ねが必要な専攻科目の特性もあるかもしれませんね。学問となれば楽しいことばかりではありませんが、そういう時期を乗り越えて積み重ねていかなくてはいけない。
大学に来てぐっと伸びる学生も少なくありません。二年生の時には進級も厳しかったのに、その後勉強に没頭するようになって、卒業後国立大学の大学院で博士号を取得して、研究所で研究を続けているというように。
ある日本の数学者が、アメリカでの体験談として、体調が悪そうな同僚の研究者に「どうした?」と聞いたら、「朝九時に図書館に行って気が付いたら夜の十一時になっていた、そのあと三食食べたから消化がうまくいっていないと」と答えた、その話を聞いてとても勝てないと思った、と本に書いていました。インテリというのは、青白くてか弱いイメージがあるのですが、そうではないということです。学問に専念するためには体力が必要です。理工学部の学生の中には高級部時代に運動クラブをやっていた学生が多いようです。
学生会活動をしてきた学生たちには比較的しっかりしている学生が多いです。大学院では研究発表が近づくと教授が発表練習をさせるそうです。ところが学生会活動した学生たちは人の前で話すことに慣れているので、物おじしないようです。
学生たちは大学を卒業した後もそれぞれの持ち場で引き続き大きく成長しているように思います。厳しい受験戦争を経験していない分、伸びしろが大きいのかもしれません。大学生活を通じて培った自主性、創造性、意識性、さらに人を大切にする人間関係が大きな力になっていると思います。
ずいぶん前に、神戸のオモニたちに、子どもたちの将来について何が不安ですかと尋ねると、究極的には生きる力なのですね。朝鮮人としての自尊心をもって、常に学ぶという姿勢さえあれば、思い通りにならない時も何とかなるものです。
現役の頃は、午前中は授業して、午後は学生を呼んでコーヒーを挽きながら面談するのですが、現代人の最高の贅沢は時間をゆっくり使うこと、いっぱいのコーヒーの中にも歴史・文化・経済があること、それにキムチの話をよくしました。にんにくは檀君神話に出てくるので、昔から食べていたようだけど、唐辛子の原産地は中南米で一六世紀にヨーロッパから日本を経由して朝鮮に入ってきた。それまではキムチに唐辛子は入っていなかった。海外から伝わってきたものと出会うことでより豊かなものができた。しかし元のキムチがなければ、何も生まれなかったと。
朝鮮学校の学生は、民族性とともに多様な文化を持ち、資本主義国に住みながら社会主義についても学んでいるので、様々なことに対応できます。努力さえすれば朝鮮語、日本語、英語の三カ国語ができる。大切なのは日本社会の影響を受けながらも、アイデンティティをしっかり築くことです。世代が四世、五世になって変わっていく部分はあるけれど、新しい世代のいい部分をよく見なくてはいけないと思っています。
金淑子最近の学生はよく勉強すると思うのですが、勉強に対する姿勢が変わったと感じた時期はありませんでしたか?
金建秀伝統のようなもので、先輩たちが勉強熱心だと後輩たちもそれを見習って勉強します。六〇~七〇年代の一時期勉強がおろそかになったことがありました。そのあと立て直して、理学部ではカリキュラムに沿って丁寧な講義を妥協せずにしっかりと積み重ねてきたと思います。
金淑子丁寧な講義の積み重ねという着実さが学生たちにも影響を与えているのでしょうか。
金建秀そういう環境のなかで身についたモノがあるのでしょうね。努力すれば成果が出るというわけではないのですが、努力しないと成果は出ませんから。
金淑子今も講師として教えていますね。
金建秀固体物理学、専攻課程の一部実験を担当しています。四年生の物理専攻が一人しかいないんですが卒業後は青年同盟の活動をしたいそうです。共通授業で二年生の物理Ⅲも教えています。中には研究者や教育者になりたいと言う学生もいますが、専門の道を行かなくても、現代は科学の恩恵を受けながら暮らす社会なので、知って暮らすのとそうでないのとでは違うじゃないですか?学ぶことはますます大切になっていると思います。
のびのび育つ学生たち
金淑子四十年間、学生が育ててくれたと言っていましたが。
金建秀若いときは自分が学生を育てると思っていましたが、ある時期から学生が私を育てたことに気付きました。長い教師生活のなかで様々な学生との出会いがあり、その中で私も成長しました。
義務感でやった部分もあるし、良かった悪かったと簡単に言えるものではありません。前の世代が耕したものを私たちが守らなくてはいけない部分もあるし改善すべき部分もあります。未来がなくなれば今日も過去もみんななくなる、だから未来を描く人材をしっかりと育てなくてはとやってきた。そこに使命感や、やりがいも感じてきました。
学生のころから五〇年間朝鮮大学で暮らしてきて、その中で二十年を一世代とみるなら二世代を教えたことになります。教育に従事してきた矜持はあります。こうすればもっと良かったかもしれないという思いももちろんあるが、いいところは見習ってくれて足りない部分は反面教師として見てくれればいい。
金淑子若い世代を見ながら思うことは?
金建秀今の若い世代のほうが厳しい状況にあると思う、情勢も、財政も、仕事も多いし。でも大変でもやるしかない、強靭になるしかない、といつも言います。壊れるのか、ダイアモンドのように強固になるのか二つに一つしかない。民族教育を受けた人には素晴らしい人材が多いし、頼もしいと感じる。
五〇年前、朝大の横のロマンス通りは今のように整備されていませんでした。鷹の台駅から夜大学に帰ってこようと思うと真っ暗な中、木の根に足を取られてつまずいたり、転んだり、大変でした。継承というのはむつかしいけれど、いろんな人が引き継いでならしていくことで道ができるのです。
金淑子子どもの朝鮮大学校進学を不安に思っている父母にアドバイスを。
金建秀不安の根拠は何なのかを突き詰めて、大学で学ぶ真の姿を見てほしい。学生には、大学生活をしんどい、不便だと思うくらいやれば調度いい、二度とできないからと言いますが、今の子どもたちは大学生活を楽しんでいる。
亡くなった夫の遺志を継いで、子どもを朝鮮大学校に送った日本人のオモニと話したことがあります。地元のウリハッキョ卒業生や同胞社会を見ながら、人間的に素晴らしいと思う。ああいう風に育ってくれればいいと思うし、夫の遺言を守って立派だと言ってくれる人もいる。でも子どもを朝鮮大学校に送るということは自分の世界と違う世界で子どもが育つということです。自分から離れていくのは不安だといっていました。それでも朝大で四年間過ごせれば日本社会の何処でも生きていけると思うと言っていました。
どういうふうに子どもを育てるのか、親は誰も四六時中、頭を悩ませています。でも自分の経験の枠の中だけで育てられるものではありません。特に今の学生たちは昔の学生に比べてのびのびと生活している。朝鮮大学を出ると人生が束縛されるのが反対なのか。教員をやれと言っても本人が絶対に嫌だといえばやらせられません。無理矢理送ったところで長く続きませんから。
金淑子朝大のメリットは?
金建秀朝鮮人としての生きる力を育むということだと思う。どんな世界・環境のなかでも自分をしっかり持って生きる力を育てられること。同じ釜の飯を食べた同期、先輩後輩という人生の土台となる人間関係を持てることです。この社会でこれほどしっかりしたネットを持てることはそうそうありません。
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