朝鮮学校における教育の情報化 ③-2
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インタビュー高石典先生(53) 埼玉朝鮮初中級学校 校長
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もくじ
学校の魅力を高めるためなら、何も惜しまない
中級部生徒全員の手にiPad
保護者負担と青商会支援で実現
校長先生たちの授業の準備がICT活用によってより楽しく楽になった。僕自身がそうだ。朝鮮歴史の授業を担当しているが、これまでは関連する写真や動画を探して、編集して、提示するのに時間がかかった。今はタブレット一つで、インターネットからいろんな資料を探してそれを編集し、見せることができる。紙でできたものよりも鮮やかで動きもあるので生徒たちの興味を引く。授業の効果が高まった。慣れれば準備の時間も短縮される。
金淑子すべての授業でタブレットを利用しているのか?
校長すべての授業というわけではないが、中級部ではほとんどの授業で使っている。中級部は今年で全生徒が一人一台、自分のiPadを持つようになった。今の中級部三年生が、中級部に入学するときに一人一台iPadを持つようになった最初の学年だ。それを三年やってきて、今年で中級部の生徒が全員持つようになった。タブレットの支給に関しては青商会の支援を受けている。保護者も負担している。中級部入学後毎月千円、保護者から受け取っている。一年を十一か月とみているので卒業まで三万三千円。さらに一万八千円が不足するので、それを青商会がカバーしてくれている。子どもたちが卒業するときに、それを卒業記念として持ち帰る。普段も家に持ち帰って予習や復習に使う。教員たちもそういう課題を出している。
金去年までは支給されていない生徒もいたということだが、そういう生徒はどうしていたのか?
校長学校管理のiPadが三〇台ほどあって、それを利用していた。これも埼玉青商会がプレゼントしてくれたものだ。このiPadを初級部でも授業で利用している。低学年は算数の時間の足し算、引き算や日本語の時間の漢字の書き方の練習なんかをアプリを使ってやる。絵を描くこともあるし、体育の授業で子どもたちの動作をカメラで撮ってそれをすぐにiPadで本人に示し、「ここの手のつきかたを変えればよくなるよ」などとアドバイスしたりしている。すると子供たちには大変わかりやすい。
金学年が上になるほど使用率は高くなる?
校長上の学年ほど使用率は高くなる。電子黒板ではないが、それを代用できる大型の液晶モニターを各教室に置いている。このモニターとiPadがつながるように、校内の無線ラン環境も整えている。Wi-Fiだ。校舎、体育館はどこにいても無線につながる。この環境を整えるために青商会が、財政はもちろん技術的な面でもサポートしてくれている。
金ネット環境の管理は?
校長先生たちが使えるWi‐Fiの環境と生徒たちが使える環境を区分している。先生たちのタブレットの内容を生徒たちや外部の人たちが見ることはできないようになっている。
金そういうセキュリティーも青商会の方が?
校長保護者の中に詳しい方がいらして、機材の設置から設定まで全部やってくださっている。大変頼もしい。二〇一三年四月、ICTを導入するときに埼玉朝鮮初中級学校ICT推進協議会を発足させた。学校の先生や保護者、さらにICTに詳しい同胞ら八人で構成されている。月に一度学校に集まって月間の計画や総括、課題提示などをしている。そこで協議されたことを先生たちに浸透させるようにしている。発足当時のICT推進計画書には、時代のニーズに応え、民族教育の可能性や魅力を想像して行くためにICTを活用していくという趣旨に基づいて、協議会の構成や、計画、留意点、などが書かれている。基本計画、ロードマップ、中長期的な展望と計画をもって推進しているということだ。これまで協議会で議論された内容がこんなに厚くなってしまった。(はち切れんばかりのファイル)
変わった教え方、学び方
「もう後戻りできない」
金実際にやってみてどうか?
校長大変いい。もう後戻りはできない。授業での活用によって先生の教え方も変わったし、子どもたちの学び方も変わった。今までは先生が教壇に立って、一方的に知識を伝授し、子どもたちは机の前に座って一生懸命先生の知識を授かるという一方向だった。それがIT機器を活用することによって双方向になった。子どもたちが考えていること、子どもたちの発想や表現が先生に返ってくる、双方向。具体的には美術の場合、タブレットで絵を描くと、作業過程をモニターに写して、みんなで共有することができる。ここは素晴らしいがここはこうした方がいいのではないかというのを共有できる。国語や算数の時間にタブレットで問題を解いているのを、教員が自分のタブレットで見ながら間違ったところを指摘すると、同じ間違いをしていたほかの子もそれに気付ける。そういうことがタブレットとかモニターを導入することで可能になった。まさにインフォメーション・アンド・ コミュニケーション・テクノロジーの活用だ。
金先生が大変なのではないか?
校長最初は大変だった。タブレットの扱い方や機能をわからずに手探りでやっていた。ただ慣れることによってその便利さが見えてきて、今ではもうどんどんと使っている状況だ。
金今から使い始める学校に、こういう難関はこうして乗り越えられるという例は?
校長導入当初むつかしかった問題は、先生たちの中で温度差があったことだ。若い世代の先生はデジタル世代、子どものころからこういう機器を持ちながら育ってきた世代なので、違和感が無く自然に入っていける。ただ僕のような年寄りは難しかった。ベテランの先生は黒板と白墨で十分できる、今までもそうやってきたし、それで何か不足があったわけでもない。そういう考え方の違いがあって、足並みをそろえるのが難しい部分はあった。ところが今はベテランの先生がもっとこれを活用している。つまり授業というのは、タブレットだけあればうまくいくというものではないということだ。まずは授業力。この授業をどのように持っていくかというのがあって、その中でIT機器を使えば効果的だということをわからなくてはならない。若い先生たちはこれにちょっと頼りすぎる傾向がある。押さえるべきところを押さえられずに、機械に頼ってしまうような。他校の先生から聞いた話だが、授業中に生徒から予期しない質問を受けて、先生がインターネットで検索して答えたのだが、その答が誤りだったという。情報には正確なものもあればそうでないものもある。安易に情報を入手して発信するようなことをしてはいけない。注意しなくてはいけない。まずは授業力、先生が自分が意図した授業をできる力、そこにICTを活用すれば大変効果が高まるし、実際に本校の理科の先生はそれをやっている。最初は、懐疑的だった。自分が使っていく中でわかって、だれよりも一生懸命やっている。
金豊富な知識が詰まったipadを子どもたちがそれぞれ持つようになれば、先生は知識を授ける人ではなくなるのではないか。
校長先生の役割は変わってくる。一方的に知識を与える存在ではなく、子どもたちを導いていく役割、子どもたちが持っているものを引き出し、新たな知識を身に着けていくうえでのファシリテータのような役割に変わっていくのではないか。例えば協働学習、グループ活動を円滑に進めるように導く役割など。教科書の知識をそのまま正確に、子どもたちに詰め込む、そんなスタイルはもう過去のものということだ。新たな価値を子どもたちが想像できるような教育が求められている。一般常識として身に着けるべき知識があるのは確かだが、それだけではなくて、新たな価値、新たな知識を見つけ出して、新たなものを作り出す、一人ではなくて協働で作り出すことが求められている。ICT教育なら、瞬時に情報を共有して、一緒に作っていける。
まず先生たちがアクティブに
「自分は取り残されていた」
金先生たちは教科書が変わらない限り、同じ資料で授業ができたが、これからはそうはいかない?
校長教育の情報化では、アクティブラーニングという言葉がよく使われるが、もう決まった教科書の内容だけではなくて、先生たちが自ら学んでそれを子どもたちに伝えるようにしなくてはいけない。まずは先生たちがアクティブに。僕は、先生たちが生涯学習者にならなければいけないと言っている。そうならない限り、子どもたちに知的な刺激を与えたり、新しい体験をさせたりできない。機会あるごとに外に出ていろいろな情報に接するべきだ。私自身も三年前まではITとかICTに関心はなくて、よく知らないことが多かった。どちらかというアナログ人間なので。でも導入するからには自分が知らなくてはいけないということで、いろんなセミナーに参加した。民間団体がやっているセミナーとか、日本の学校の公開授業とか、機会あるごとに見に行って感じたことは、世の中がこんなにも先に進んでいたのかということだ。自分が本当に取り残されていたんだなと感じた。
金気づくことで先生も豊かになれるのでは?
校長そう思う。考え方、やり方次第で世界中の人とつながれる。古今東西のいろいろな知識を得られるわけだ、学ぼうと思えば。ただそのためには常にアンテナを張っていなくてはいけない。アンテナを張っていないと宝物に気づかない。先生には常にアンテナを立ててください、アンテナを立てていればキャッチできると言っている。
金先生たちの反響は?
校長ICTに関して懐疑的であったり、不安であったりといことはもうない。どちらかというとより活用しようとしている。
金教員たちの講習会などは?
校長校内で、月一度は難しいが、学期に二度か三度は全員で集まって、研究授業に対する講評をしたり、外部で行われたセミナーの報告をしたりしている。全学年、全科目で研究授業をして講評をしている。今の中学三年生は、ICTのモデル学級だ。モデル学級の運営についても先生同士で話し合いをして進めてきた。今の中三は中一の時からやっているので、相当な能力を持っていると思う。授業で習ったことを自分たちで整理して、プレゼンテーションするのだが、その能力が高い。見せ方や説明の仕方をよくわかっている。
金自己表現ができるということなのか?
校長そうだ。
生徒主導の授業づくり
反転授業の導入が課題
金一つ難しい問題は、高級部につなげていくということでは?
校長今、東京朝高はようやく無線ランの環境を構築したと聞いているが、タブレット導入はまだで、コンピュータ室で情報利用をしている。各先生方が教室で自分のパソコンやプロジェクターを使って、何かを投影したりしていると聞いているが、本格的な取り組みはこれからだと思う。総連中央も教育のICT 化を方針として出したので、それに沿って、中央が組織するICT推進委員会が結成された。現在は一三校が研究校に指定され、計画が進められている。ところが高級学校が入っていない。入っているのは茨城、あそこは初中高だから。東京とか大阪の高級学校はこれから取り組んでいくべきだと思う。朝大はやっている。最近のニュースを見ると環境を整えたとのことだ。初中級では研究校が地域の朝鮮学校の中心になって、だんだん拡散している状況だ。
金今、三年目を迎えて課題は?
校長活用については三年間いろいろな経験を積み重ねてきたが、これからは、子どもたちの学び方を変えていくべきだと思っている。子どもたちがより能動的に、主体的に、学ぶスタイルを構築して、いわゆるアクティブラーニングを実践しなくてはいけない。これはわが校の今年のテーマに設定されている。ただ活用だけではなく、子どもたちがこれを活用しながら、もっと意欲的に能動的に学んでいくためにはどうすればいいのか、そのために教師はどのように導いていくのか、授業を作っていくのかということが今の研究課題だ。ある程度ITを活用することで、子どもたちが家に帰って、自主的に予習復習をやるようになった。例えば中級部に上がると数学は難しくなる。授業ではどうしても理解できなかったという子が、家に帰ってそれに関連する動画を何度も見ながら理解できた、実際に試験でもいい結果がでたということがあった。インターネット上には多くの学習の動画が公開されている。それを先生が家でも見なさいと言ったわけではなくて、その子が、自分に合った情報を探し当てて、利用したということだ。多くの生徒が、そんな学びをできるようになればと思う。
金そういう動画があるということを、生徒たちは知っている?
校長最近はユーチューブなどにもたくさんアップされているし、NHKなんかでも学習用のコンテンツを配信していて、授業でも利用している。一五分ほどの教材で実にわかりやすいものがたくさんある。
金アクティブラーニングの具体的な内容は?
校長子どもたちを授業の主体にするということだ。教師主導ではなくて、生徒主導の授業を作ろうということ。生徒たちの考えを引き出す授業を作ろうというのが課題だ。方法としては、グループ活動、協働学習を積極的に取り入れる、もう一つは反転授業と言われるが、家庭で次の日に習うものを事前に勉強して、授業ではよくわからなかった部分を討論しながら理解していくという授業への切り替えだ。反転授業を実際にやってみた社会の先生は、事前に撮影しておいた自分の授業を子どもたちがタブレット上で見られるようにして、家でそれを見てくるよう課題を出し、学校では見たことを前提にその内容について話し合いをした。子どもたちの反応は、悪くはなかったようだ。先生が話すのを我慢しながら聞いているのでは頭に残らないが、自分たちが話し合ったこと、教え合ったことは残るようだ。ただ先生の準備は大変だった。
ICT教育では、教師の手腕が問われる。事前に準備するものも多いし、中心を明確にして消化させるとなると、それに対する教員のやり方が問われる。先生たちの資質を高めなくてはならない。
金先生たちの協働学習も必要では?
校長一人で悩まないような体制は作っている。校内教育研究会というのがあって、月に二度ほどやっている。月に一度は東京朝高学区の先生たちが集まって研究会もしている。
金父母から否定的な言葉はないようですが、不安だという意見は?
校長家に帰ってくるとゲームしかやらないとか、学校でどういう取り組みが行われているのかよくわからないというような意見も聞いたことはある。
こういう取り組みを初めて三年になるが、まだまだ周知されていない。ホームページを更新したり、SNSを使ったりしているが、最近それを見る方々が増えてきた。それをもっと広げていきたい。お金を使い労力を使って素晴らしいことをやっているので、どんどん知らせていきたい。
僕がアナログなのに、なぜICTの導入を決心したかと言うと、学校の可能性や魅力を創造するためなら、何も惜しまない、なんでもやるぞという気持ちだったからだ。わからなければ学びながらやっていこうと、とにかく新しいことだからと怖がらずにやっていくと、やりながら暗中模索しながら手探りでやっていこうということで始めた。そうして今、これは本当に有効だと実感している。ただICTは目的ではない、ICTは、子どもたちが持っている能力を引き出して拡張させるための有効な手段だが、目的は、あくまでどのような人間を育てるか。iPadの活用指針として中級部入学生にはまずこのことを浸透させている。iPadを駆使することが目的になってはダメだということだ。インターネット利用に関するモラル教育にも、中一から機会あるごとに授業やホームルームで取り組んでいる。初級部六年生の社会の授業にもそういう内容がある。(四月二三日) 37
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