沈黙は被害者を加害者にする
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二月二八日に東京で開催された在日本朝鮮人人権協会主催のシンポジウム「現代日本の排外主義にどう立ち向かうか―ヘイト・スピーチ、歴史修正主義、民族教育を考える」に行ってきた。
二〇〇九年に京都で起こった朝鮮初級学校に対する襲撃事件の裁判に関する話には、改めて気づかされることが多かった。同事件に関しては昨年一二月、在特会に約千二百万円の賠償と街頭活動の差し止めを命じた大阪高裁判決が確定している。
まず襲撃された当時、同校に子どもを送っていた龍谷大学の金尚均教授が、事件を裁判に持ち込んだ理由について二つ指摘した。
第一に、被害者が沈黙すると加害者にされてしまうと言う指摘である。この指摘について明治学院大の鄭栄桓准教授は、解放直後、実際にそのようなことが多発したと言う。たとえば朝鮮人が殺されて訴えても警官が何もしようとしないので、同胞たちが犯人を捕まえて警察に突き出したところ、同胞たちが監禁罪で捕らえられるというような事件である。京都の朝鮮初級学校が襲撃されたときも警察は何も策を講じようとしなかった。在日朝鮮人と在特会のケンカとして処理しようとしたのではないか、ケンカは両成敗である。
金尚均教授は、沈黙は同時に被害者の心理にも負の影響を及ぼすという。差別的な扱われ方が続くと、差別されるのは自分たちに非があるからではないかと、被害者が自らに責任を問うよう、追い込まれるというのだ。これは出自問題を抱えて一人で悩む日本の学校に通う在日朝鮮人の子どもの姿とも重なる。彼らの多くは、自分の中の在日朝鮮人の部分を消化できずに、差別される在日朝鮮人と同一視されることを恐れる。彼らだけではない。朝鮮学校を卒業した在日朝鮮人の中にも、「日本社会への引け目」のようなものを感じることがあるのは私だけだろうか。
「差別されたり、攻撃されたりするのは、される側にもそれなりの非がある」という言い分には、一見正当性があるように思える。かつて性暴力の被害者となった女性に対して「夜に一人歩きするからだ」「男性の目を引くような格好をするからだ」と非難する声が上がることがあったが、社会的により弱い側に責任を押しつけてさらに貶めようとする構造がよく似ている。
「高校無償化制度」についても、他の外国人学校には適用しながら朝鮮学校だけを除外して、その責任を朝鮮学校に押しつけようと、教育内容を検閲して是正を要求するなど、他の外国人学校に対しては考えられないような干渉を繰り返している。差別が是正されることを信じてこれに応じてきた朝鮮学校だが、実はこれこそは朝鮮学校がスタートして間もない頃から使われてきた日本政府の常套手段なのだ。鄭栄桓准教授のレジュメには次のような文章が引用されていた。
「まず教育内容に強硬な干渉を加える。この干渉を肯んじないという理由で学校を法の外に出す。そして後は実力を使ってつぶしにかかる。これがいわば弾圧の手口とも言うべきやり方であった」(上田誠吉「在日朝鮮人民族教育と日本の教育法規」『文化評論』一九六六年六月)。
第二に金尚均教授が指摘したのは、在日朝鮮人のアイデンティティを確立するという民族教育の本来の目的に対する攻撃を黙殺してはならないということである。朝鮮学校が厳しい環境の中でも民族教育を続けてきたのは、在日朝鮮人の尊厳を守るためだった。それを威圧的に、攻撃的に否定する行為を見過ごしてはいけないということだ。
「高校無償化」の適用問題で、各地の高級学校卒業生が裁判を起こしたという話を聞いたとき、負けたら差別が合法化されるのではないかと不安を覚えた。十代の若い世代を法廷に立たせることにも胸が痛んだ。しかし今回の京都の裁判を通じて学ぶべくは、差別は是正されるべきだと、悪いのは加害者だと、声に出して訴え続けなくてはならないということではないだろうか。
二〇一二年一二月、アムネスティ・インターナショナル日本は、下村文科相が朝鮮高級学校を「高校無償化」制度の適用から排除すると表明したことについて、「政治的判断に基づき特定のマイノリティ集団に対して教育の権利を制限するという、日本が批准している複数の国際人権条約に違反する差別的政策で
あることに強い懸念を表明する」という声明を発表した。日本で報じられることはほぼないが、これまで朝鮮学校関係者は国連の人権機関に対して朝鮮学校に対する差別的状況を訴えてきた。これに対し子どもの権利委員会や人権差別撤廃委員会、社会権規約委員会、自由規約委員会などはその都度、日本政府に対して朝鮮学校を含む外国人学校への公的支援の拡充など具体的な是正措置を勧告してきた。このような積み重ねが、われわれの主張の正当性を示す強力な裏付けとなっている。
日本の裁判官がどのような判決を下すのか楽観視できないのは事実だが、政治や経済に翻弄されない在日朝鮮人の人権を確立するためには、私たち自身がはっきりと声を上げ続けるしかないのだ。そうすれば私たちを支えてくれる輪はきっと広がると信じて。
(「記録する会」金淑子)
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